石造物 関係の散策スポット

point.gif鬼の俎・鬼の雪隠(オニノマナイタ・オニノセッチン)08-01.jpg08-02.jpg

 欽明陵の近くの道路をはさんで別々に置かれている巨石二つのことで、上にあるのを爼、下のを雪隠という。これは古墳の石槨の底部と蓋がバラバラになったもので、欽明陵の陪塚の一つが崩れ落ちたものと推測されているが、一方では未完成のまま放置されたものとの説もある。呼び名の方は、昔旅人が、この辺りにさしかかると霧がかかり、行き悩んでいる所へ鬼が現われ、旅人を爼の上で料理したのち、下の雪隠で用を足したという伝説から来ている。

point.gif亀石(カメイシ)09.jpg

 重さ10トンを超す花崗岩に亀の顔が巧みに彫られてある。猿石と同系の素朴な石彫で、何のためにここにあるのか謎とされている。置かれている場所からみて、橘寺か川原寺に関係のある飾り石であろうとか、何かの境界をなしたとか、仏教渡来以前の土俗信仰を現わすものとかの推測が行われている。

point.gif石舞台古墳(イシブタイコフン)12-01.jpg

 我が国における代表的な方墳である。墳丘の盛土が全く残っておらず、巨大な両袖式の横穴式石室が露出している。天井石の上面が広く平らなため、古くからこの名称がついている。被葬者は明らかではないが、7世紀初頭に権力を握っていた蘇我馬子の墓ではないかと言われている。1933~35年の発掘調査によって方形の墳丘、堀、外堤が存在すること、6世紀代の小古墳を壊して築造されていたことなどが確認されており、築造は7世紀初め頃と推定されている。周辺一帯は、国営公園となっている。

point.gif酒船石(サカフネイシ)16.jpg

 石造物のうちの一つで、平坦な表面に液の溜まりと溝様の彫り込みがある。酒を搾ったものであろうとの想像からこの名前がついたが、油を造ったものであろうとか、庭園の施設の一部であろうとか諸説ある。この石はもともと大きかったものが、近世にはいって高取城を築城する際に大きく割って搬出されたのではないかとの言い伝えがある。近年の発掘調査によって、酒船石のある丘陵は、裾部に花崗岩を据え、頂部に天理市の石上付近で産出する砂岩の切石を積み上げた「石垣」で取り囲まれていたことが数次にわたる発掘調査によって明らかとなってきた。これらの事柄は『日本書紀』にある「宮の東の山に石を累ねて垣とする」「石の山丘を作る」、石を「石上山」から運んだとする、などの記述をあらわしていると思われる。

point.gif亀形石造物(カメガタセキゾウブツ)17-01.jpg17-02.jpg

 酒船石遺跡の北西に位置する謎の石造物。1999年発見された。全長2.4m、幅2mの亀形を呈する。顔を南向きにして据えられていた。丸く彫られた両目、4本の指の表現が施された両足が特徴的である。甲羅部分は円形の凹型になっており、水を溜める仕組みであったことがわかる。水は鼻の穴から甲羅部分に流れ込み、V字状に彫り窪められ表現された尻尾の部分から流れ出すようになっている。亀形石槽のすぐ南側には小判形(船形)に彫り込まれた水槽を有する石造物が、さらに南側にこれら石造物に水を供給していたと思われる湧水施設がみつかっている。斉明天皇が信仰した道教の世界を表す両槻宮の一部ではないかとか、政治を占う施設とか、身を浄める場所とかさまざまな説がある。出土した土器などから7世紀中頃~10世紀の間にかけて利用されていたことが確認されている。

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