自然 関係の散策スポット

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 飛鳥地方を貫流して大和川にそそぐ美しい川。現在は川幅が狭くなっているが、古代には水量も豊かで流れが激しく、しばしば氾濫しては飛鳥人を悩ませていた。しかし人々は、この川のすべての風物を愛し、日常の生活感情と結びつけては歌に詠んでいた。それらの歌は万葉集の中に数多く残されている。

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 大字稲渕から栢森にかけての飛鳥川沿には、南淵請安の墓とされる石碑(写真左中央)や飛鳥川の飛石と呼ばれる石、美しい棚田の風景が存在する。南淵請安は推古天皇六(608)年、遣隋使小野妹子らとともに隋に渡った留学生のうちのひとりで、大化の改新を計画した中大兄皇子と中臣鎌足に大陸の新しい様々な知識などを伝授したとされる渡来系漢人である。神明塚という小さな丘にある、寛文二(1662)年建立の"南淵先生之墓"と刻まれた石碑が建つ場所を一般的に南淵請安の墓としている。この川に沿って稲淵、栢森を通り芋峠へと続き、吉野へと抜ける道が存在したと考えられており、持統天皇のたび重なる吉野行幸にはルートの一つとしてこの川沿いの道も想定されている。

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 頂上からは飛鳥一円が眺望できる標高145mの小高い丘である。この丘の中腹と麓に、蘇我蝦夷・入鹿親子の邸があったと言われているが、大化改新によって入鹿が中大兄皇子に倒された直後、蝦夷はその邸に火をかけて自害したといわれている。『多武峯縁起絵巻』などにも炎上する蘇我邸が描かれているが、甘樫丘の東麓にあたる場所(甘樫丘東麓遺跡)が発掘された結果、焼けた建築部材・土器などが出土した。この位置が大化の改新の際中大兄皇子が陣取ったとされる飛鳥寺と対峙することや、土器の年代観が、この時期に一致することなどから、調査地の上方に蘇我邸が存在していたであろうことが想定されている。

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